一時停止
おはずかしい話ですが、つい先日、家の近くでバイクに乗っていて、一時停止の標識を見落として走っていたところをつかまってしまいました。
よくよく考えたら、一時停止の標識というものに対して、信号や踏切や速度制限などの交通ルールほどには、普段からあまり充分な注意を払えていなかったように思います。
そんな訳で最近、ちゃんと「一時停止」する事を自分の肝に命じているのですが、一時停止という事に関連してもうひとつ頭に浮かぶ事があります。
うちのこどもがサッカーを習っていて、小さい頃は短い時間、遊びのような感じで練習を楽しんでいましたが、小学三年生の今は試合にも出してもらえるようになり、私も朝から夕方までじっと座って、こども達が一生懸命ボールを追いかけているのを飽きずに見ている週末が増えてきました。
私はどちらかというと、じっとしているより動いていた方が気が楽だと思う方なので、暑い日も寒い日も一日中、ひたすらじっと座ってまわりを見ているこの時間というのは、はじめは何か修業のようなものにも感じられました。
でも、日を追うごとに大きくなって上達していくこども達を見ている内に、まるで連続ドラマを見ているようで続きがどうなるのかが楽しみになってきて、この頃は、じっと座っている時間をさほど長いと感じなくなってきています。
「時間の流れに合わせて行動していく」のではなく、「しばらくの間ここに留まる」と決めて、まわりの状況との関わりの中で生まれる感覚や感情や考えをていねいに味わうような在り方。自分はあまり動かず、じっとしているからこそ気づく事もたくさんあります。
こどもや、高齢の方、人の手を必要とする方(と、こたつ)がいてくださるおかげで、落ち着きの足りない私にも、じっとしている機会が与えられて、自分の内外からやってくるあたたかさを確かめる事ができます。
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