思い込みをはずす
ヨガの仕事と並行して行っている介護の仕事も、はじめて丸4年になります。
ある日、とても上品でかわいらしい女性のご利用者さん(介護施設では、患者様でもお客様でもなく、ご利用者様とお呼びしています)に唐突に
「あの…年をとったら、何をして時間を過ごせばいいんですか?」
と真顔で聞かれて、
「え…それは…こっちが聞きたい…」
と思って、うまい返しもできず、ただ見つめ合った事がありました。
また別の、やっぱりとてもきれいで上品な方だけど、認知症状の進んだ女性のご利用者さん。何かする度に「ありがとう、ありがとう」と言ってくれました。ある時ふと、独り言のように
「私、何か役に立ってるのかしら?」
と言うのが聞こえました。その時はとっさに、ご家族から「おばあちゃん、お仕事あるから行かないと行けないのよ」と言われて送り出されているのかな?と思いました。それならば話を合わせておかないといけないな、と。
が、今、私は声を大にして言いたい。
通って来てくださるご利用者さんの事を、先生!または、先輩!とお呼びしたいくらい、本当にお役に立っていただいてます。日々たくさん教わっています。
また別のある日。入浴介助中に便失禁があって、私はその対応をしながら、
「…自分が想像しうるなかでも、一番恐れていた状況に陥っている方が、今、私の目の前にいる」
と思いました。つまり、自分のコントロールが効かなくなる、恥ずかしい、まわりに迷惑をかける、嫌われる、孤立する、という恐れ。
その方は、認知症状がかなり進んでいるので、幸か不幸かご本人はそんな事は感じていないご様子です。
感情というのは、実際に、現実に、ある状況に身を置いてみてはじめて自動的に内から湧いてくるもので、想像と現実とは異なります。
その時、その場で、私が悟ったのは、
「最も恐れていた状況は、必ずしも、最も恐れていた結果の原因にはならない」
という事です。
最も恐れていた状況が現実となっているのを目の前で受けとめたその時、私の中から迷惑だとか、嫌いだとかの感情は湧いてはきませんでした。
おそらく、そのご利用者さんの個人的な状況と、私の個人的な状況と、それを結ぶ社会的な状況が、うまいこと噛み合ったから、誰も嫌な思いをする事なく、ただ、気づきを得る事ができた。
介護の現場には、愛情爆弾とでも呼びたくなるような愛に溢れたパワフルな人がたくさんいますから。しょんぼりしてしまうような状況でも笑顔を絶やさないエネルギーのある人たち。
心がけるべきは、どこまでも果てしなく自分をコントロールする事ではなく、いかにまわりと噛み合いやすい状況に自分の心身バランスを保っておく事ができるか。そもそも、自分と自分以外の全てを完全に切り離して孤立させるなんて事はしようと思ったって一瞬だってできる事ではありません。
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