人間らしさを取り戻す

 

 ヨガをはじめて15年、介護は8年ほどになります。この生活を続けるほどに確信を持つようになった事があります。それは、ヨガをしていて感じる心の変化と、介護をしていて感じる心の変化は、自分の内なる実感としては、ほとんど同じものである、という事です。


 介護技術の一つに「ユマニチュード」というものがあります。これは、「人間らしさを取り戻す」という意味を持つフランス語の造語です。フランスの体育学の専門家が、40年以上に及ぶ病院、施設、家庭での介護経験から生み出した、ケアの技法です。


 「あなたの事を大切に思っています」ということを相手が理解できるように伝えるための技術と、その技術を使う時に理解しておくべき考え方からできています。「見る」「話す」「触れる」「立つ」の4つの柱を使って、ケアの技術と考え方を伝えています。


 認知症の相手からの、介助に対する抵抗や拒絶、暴言や暴力など、いつもなら戦いのようなやりとりになりかねない状況においても、このユマニチュードの手法を取り入れる事で穏やかにケアを受け入れてもらいやすくなる事がわかっています。体の動かし方と、人間関係の円滑さの間に相関関係がある事に気づき啓蒙しているのが体育の先生であるという事に、深く頷かせるものがあります。


 以前、職場で、このユマニチュードの考え方にも触れた倫理研修を受けた時に、講師の方が


「介護」の専門性とは何ぞや?


という話をされていました。「介護」の本質とは何だろう?講師の方が介護の勉強をしていた時に先生から教わった事には、介護の本質とは、


 相手の人間らしさを守る


という事。例えば、大勢が集まる病院や役所などでは、私たちは誰しも、その人のある一つの側面だけを切り取ったような扱いを受ける場面が避けがたく発生します。人間を社会的存在としての側面から見るならば、ひとりひとりは全体の中の小さな一部に過ぎない事もまた事実だからです。ひとりひとりが義務や責任を果たさず、恩恵を受ける権利を主張し社会に依存するばかりでは世の中は回りません。それを認めた上で、なお介護士というのは、相手の人間性、存在そのものの尊さを守るべき立場の者だという考え方です。


 一方、「ヨガ」の本質とは何でしょう?「ヨガ」いう言葉は"結ぶ"という意味のサンスクリット語で、何を結ぶのかというと、自分の体、呼吸、心、精神です。これはつまり、全体性への回帰、まさに、人間らしさを取り戻す、という事です。


 現代ヨガ界においては、国際的な指導者認定機関である全米ヨガアライアンスの基準によると、ヨガ指導者養成講座に求められる教育カテゴリーとして、アーサナ、呼吸法、指導技術のみならず、解剖学、哲学などが含まれます。人間について深く理解したいと思うならば、体を動かす技術だけでも、心に対する理解だけでも片手落ちで、どちらも必要だからです。自分を、心と体と呼吸を伴ったひとりの人間として、現状そのまま丸ごと受け入れた上で、より安定して快適な状態に意識を向けて良い流れを作っていく術を学びます。


 運動不足に陥りがちな現代の生活スタイルに合わせるように、現代ヨガでは体を適度に動かす技術がまず必要になります。動きを体に馴染ませて、身体的な痛みや違和感からまず自分を解放し、呼吸を深め、心理的な痛みや違和感を取り除く練習に進みます。


 心身ともに健康で快適な状態を目指すとき、あえて現代的にホルモンバランスという観点からいうならば、コルチゾールなどのストレスホルモンを過剰に流さずに、セロトニンやオキシトシン、ドーパミンといった幸せホルモンが適量、生成され循環しているような体内環境を維持したい訳です。知識を得ているだけではなく、実際にそのような現実を生きるためには、どこに意識を向けて、どのように動くのが適切なのか、その塩梅をはかる練習を重ねます。


 ヨガでの学びが介護に生かされ、介護での経験がヨガに生かされていると実感する日々です。家庭や職場で大切な誰かの人間らしさを守るべき立場に置かれた人にこそ、まずは自分の人間らしさを守れる術を身につけてほしいと、切に願っています。




HANE YOGA

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